「浅茅が宿(序章其の二)」

>下総の国葛餝郡真間の郷に、勝四郎といふ男ありけり。

出だしのこの文から、既にラストの真間の手児名の伝説に結び付く
のだぞと言っているかのようである。

ところで、ある者はこの「浅茅が宿」を「遠野物語」に登場する、山中
に現れるマヨヒガの如しと言う。しかし、あくまでこの「浅茅が宿」は
「マヨヒガ」の後に裕福になる話とは違い、暗く悲しい。

上田秋成の晩年に書かれた「目ひとつの神」は、秋成自らが片目を
失って書かれた本でありながら、どこか明るさを醸し出している。
しかし「雨月物語」の「浅茅が宿」を含む全般の雰囲気は陰に篭っ
た暗さが滲み出ている。つまり、片目を失って「目ひとつの神」を
書くという上田秋成という存在は、作品にその時の感情や事象など
が投影されているものと考える。

「菊花の約」では約束を遂げる為に自害し、魂だけを運ぶ姿がそこ
にあった。しかしあくまでも魂だけの存在であった為、その姿は儚
く消えてしまい、残ったのは悲しみだけとなる。

また「浅茅が宿」でも、霊体となった妻の姿と一夜を過ごすが、夜
明けに残ったのは、儚さだけだった。

この時期、上田秋成は医学を学び、医者としても生きていた。その
当時の医療は、現代医療と比較すれば、民間医療に毛の生えた
程度だったと想像できる。つまり、より多くの人の死に接してきたの
ではないだろうか?医者としてできるのは、薬の調合と、せめても
の希望の持てる慰みの言葉だけ。

医者としての仕事に付随する、人々の生き死に。目の前に繰り返
される人々の儚い生き様が作品に投影されたのが「雨月物語」で
はないだろうか?
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by stavgozint | 2009-01-15 08:35 | 「浅茅が宿」
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