「蛇性の淫」結、其の参

法師は、真女児である蛇の毒気にあてられて死んでしまう。
これ以上、犠牲を出してはならぬと豊雄は、自ら真女児の
元へと向かった。

本性を出すほどに怒りをあらわにした真女児だったが…。

「…ひたすら吾が貞操をうれしとおぼして、徒々しき御心
をなおぼしそ」

(ひたすら私があなた一人を一途に思い慕って貞操を守っ
ているのに、不実な心をみせないでください。)



この真女児の言葉は、嘘か真か…人々の間に広がる蛇の意
識は淫らなるもので、いろいろなものと交わるのが蛇だと。
ところが、この真女児の言葉は、人間界に蔓延する蛇に対
する意識を否定するものである。しかしこれは、この作品
をここまで読めばわかるように、真女児は豊雄に対する不
誠実な態度は示していない。逆に、豊雄は真女児の正体が
魔性のものと知って、態度を翻したのであるから、恐ろし
い描写の中ではあるけれど、異類婚の展開を表す。

異類婚とは「夕鶴」しかり「雪女」しかり…異類であるも
のが人間の女性に化けて近付き、婚姻を果たすのだが、男
は女の示すタブーを破ったり、不実な行動にでてしまうと
いう典型的なパターン。

この異類婚は、女というものは常に本性を隠しているもの
だ。そして男は、必ず約束を破るものだ…と昔から云われ
ているものだ。

契りを結びながら、真女児の正体を知って避ける豊雄は、
やはり最低男?(^^;

しかし豊雄は、真女児に対して反論する…。

「世の諺にも聞ゆることあり。『人かならず虎を害する心
なけれども、虎反りて人を傷る意あり。』とや。汝、人な
らぬ心より、我に纏うて幾度かからきめを見するさへある
に、かりそめ言をだにも此の恐ろしき報いをなんいふは、
いとむくつけなり。れど吾を慕う心は、はた世人にもかは
らざれば、ここにありて人々の嘆きを給はんがいたはし…。」



ここに登場する諺は、中国の「白娘子」と同じ言葉を書き
綴っている。ただ昔の中国では、虎は猫の王であり、人を
騙して旅人などを食べる存在で恐ろしいものだという認識
によりできた諺だと思う。

それと気になるのは…「かりそめ言をだにも此の恐しき報
いをなんいふは、いとむくつけなり。(私のちょっとした
言葉に対して、恐ろしい仕返しをする脅し文句を言うとい
うというのは、大変恐ろしい事だ。)」


この↑セリフを読むと、豊雄には自らの言葉に対する責任
を感じていないのがわかる。逆に、周りを巻き込み祟ると
いう真女児に対しての批判になっている。

しかし真女児は豊雄が「我をいづくにも連れてゆけ。」と
いう言葉に対して、嬉しそうにする。真女児にとっては純
粋に豊雄を求めているのだという事もわかる。

過去に登場した、吉野での翁は蛇は様々なものと交わる淫
らな存在だという言葉が、ここの真女児の仕草には微塵に
も感じられない。話は結末まで行っていないが、秋成がこ
の物語で言いたいのは、恐怖の物語に隠れているが、一般
的な人というものは、異なるものに対する偏見に加えて、
不実な人間の心を説いでいるのかもしれない。そうでなけ
れば、原型となった物語「白娘子」がハッピーエンドで終
わったように、この「蛇性の淫」もハッピーエンド終わら
せなければならなかった筈だ…。
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by stavgozint | 2007-05-25 21:57 | 「蛇性の淫」
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