「春雨物語(宮木が塚)」検証 其の二

調べると、法然没後100年目に作られた善導寺本「法然上
人行状絵図」では、土佐に流罪になった法然が室津を船出す
る時、遊女が寄って来て罪業深い身を嘆いたので、法然が教
化した。その後遊女は上人の教えの通り、遊女をやめて念仏
往生したという話が描かれているらしい…。

どうやら、上田秋成の「宮木の塚」は、この「法然上人行状
絵図」が下敷きになっているようだ。

遊女というものは、当初罪悪視されず”身を犠牲にして男に
奉仕する美しい女”という見方が一般的だったらしい。これ
は、男達からの視点で遊女を「観音」「菩薩」と見てとった
為のようだ。

そういえば法然の弟子の親鸞は、夢の中で観音が女性の姿と
なり、親鸞と交わったという夢の話があるけれど、幸せを導
く遊女は当時、庶民にとってまさに観音様だったのだろう…。
[PR]
by stavgozint | 2007-10-01 22:30 | 「宮木が塚」
<< 「春雨物語(宮木が塚)」検証 其の三 「春雨物語(宮木が塚)」検証 其の一 >>