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遠野の桜は、多分4月20日頃に咲くと思うけど、全国ではもう既に、
チラホラと桜の便りが届いてきている。

ところで馬肉は別名「桜肉」とも呼ばれ、この由来には諸説様々だ。
馬肉を切った後、馬肉は空気に触れると桜色になるという説がある。

また馬肉は桜の咲く4月から5月にかけてが、一番おいしいからとい
うからという説もある。これは夏の青草ばかりを食べた馬の肉は水っ
ぽくて美味くないのだと。それより、冬の間に干し草や殻類を沢山食べ
て肥え、脂がのった馬肉は美味しいという。

ところで、奈良県の吉野の奥に丹生川上神社中社という、水神を祀っ
ている神社がある。この神社には古来から雨乞いが必要な時、もしくは
大雨が続く場合には、馬が献上される慣わしがあったのだと云う。雨が
必要な時には黒い馬が献上され、晴れ間を必要とする時は、白い馬が
献上されたのだと。

この時馬は、神社の下を流れる丹生川の"馬背"という場所で桜の木に
結び付けられ洗い清め"馬谷"という場所に放たれたのだという。

この"儀式"は、応仁の乱の頃に途絶えてしまったそうだが、その後には
代わりに"藁の馬"に、黒い布か白い布を着せて献上するようになったのが
江戸時代まで続いたのだと。

江戸時代の童謡に「咲いた桜になぜ駒つなぐ」というのがあり、この
吉野の丹生川上神社の風習が残っておりそこからきているでは?という
事らしい。

馬は「桜」であり、猪は「牡丹」、鹿を「紅葉」と呼ぶ様に、動物の肉を隠語
で呼ぶのは、江戸時代に仏教の影響で殺生には厳しく、獣肉を公に食べ
る事ができなかったから、その"代用語"として生まれたのだというが、馬
と桜の結び付きは、吉野から伝わったものなのだと。
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ところで八十禍津日神と呼ばれた瀬織津姫は滝と水の化身でもあり、
その水を同時に奉っている桜の化身でもある。伊邪那岐命が黄泉の
国から帰還し最初に現れた瀬織津姫は、死者という冥界をも司る。

常に生と死の狭間に存在し、天照の対比と成す神である。

そしてこの瀬織津姫は、早池峰神社を中心に、岩手県に多く祀られ
ている。桜の木下には死体が埋まっている…などという迷信は、常
に冥界を意識せざるおえない、瀬織津姫の存在があるからだ。


呪いの藁人形(恋に破れた乙女の呪い行為)の物語】


森の神々はお気に入りの桜・松・杉に傷が付くのを大変嫌っているが、
この弱みに付け入る事によって恋に破れた乙女は恨みを晴らす…。

乙女は、あたかも男をくどきに出かけるかのように着飾って真夜中、三
本の火をつけたロウソクを頭の被り物につけて、首にひとつの鏡をかけ
る。左の手には、裏切った男に似せて作った藁人形右の手には金槌と
釘を手にしている。

それから神社仏閣などの木々の中で、人形を桜の木に打ちつけて、神
仏に裏切った男の命を奪ってくれと願をかける。

「事が成就したら、この釘を抜いてさしあげます。それ以上は桜の木
と神仏を困らせるような事はいたしません。」



と約束する。数晩にわたって神域である杜へと向かい、そのたびごとに
釘を一本打ち込んで祈りを繰り返す…。

そう、基本的な呪いの藁人形は、神を脅すという行為なのである…。

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花の色はうつりにけりないたづらに 

     我が身世にふるながめせしまに




小野小町の歌のように、愛であれ罪であれ呪いであれ、平安
の人々は桜に我が身や心、そして想いを移した。

生まれてきた子供を守る為、出生と共に庭に桜の木を植える
風習が行われた。桜の木は元々、人の厄災を吸い込んでくれ
ると思われていた。雛人形の発生と、同じ考えである。

目(芽)歯(葉)鼻(花)指(細枝)耳(実)腕(枝)

頭(梢)胴(幹)足(根)



木は、必ず人間の体と対比させて名称が付いたという。 だ
から”木”は、人間の”気”と同じものとして付けられた名
称である。

そして桜の樹齢は、人間の寿命に近いものとされた。だから
こそ桜は人の移し身として、様々な役割をしている。
った。

先に記述した、呪いの藁人形の行為もしかりである。桜は、
いろいろなものを、身に纏う…。
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桜と共に散りぬる(冬桜)


伊予の国には、一人の男が命を捧げてまで桜の花を咲かせ
ようとした。男は武士であり、子供時代にその桜の木の下で
よく遊んだものだという。大人になってからも、毎年4月には
任務の無いときには桜吹雪のの中に腰を下ろしていたもので
あったという。

月日がたち、長寿を得たその男は高齢に達したが、妻も子達
も、親類縁者も、ことごとく死んでしまい独りになっていたという。
男と過去を結んでいたものはただ、その桜の木ばかりであった。

ある年の夏、その桜の木が枯れてしまった。この出来事の中に、
男は自然が何を自分に欲求しているか悟ったという。他の人々は、
姿の良い若木を枯れた桜の木の傍に植えたので、喜んでいたが、
男は辛い思いをしていた。

冬が訪れた時であった。枯れた枝の下で男は、頭を下げて桜に
言った。

「敬愛すべき桜の木よ、もう一度花を咲かせてくだされ。ただ今より、
拙者の命を差し上げ申す故・・・。」



それから男は、地面に白地の布を敷き詰め切腹したという。流れ
出た血は桜の根に染み込み、男の命が桜に乗り移り、冬ではある
が桜の花が咲いたという。そしてその桜の木は、毎年地面で雪が
白くなっても、男の命日の為に咲いていると云う・・・。
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 櫻児の伝説


昔、一人の乙女がいた。名前を、櫻児と言ったという。当時、二人
の若者がいて、二人ともこの娘に結婚を申し入れていたという。
それ故、この若者二人は命を捨てて争い、死をも顧みずに挑み
あっていたという。ところがその争いを見て娘はすすり泣き、


「昔から今に至るまで、一人の女の身で二人の男に嫁ぐという事を
聞いた事も見た事もない。今となっては、二人の男の人の心を和ら
げる事も難しい。ならば私が死んで、二人の争いを永遠に止めさせ
る以外にはない・・・。」



と、そうして櫻児は林の中に死に場所を求め、桜の木に首をくくって
死んだという。その二人の若者は、悲しみに耐えることができずに、
血の涙は衣の襟に零れ落ち、それぞれ二人は櫻児に思いを込めて、
歌を詠んだという。


* 春さらば 挿頭にせむと わが思ひし 櫻の花は 散りにけるかも
(春になったら髪に挿そうと私が思っていた櫻の花は、今はもう散って
いってしまったことだ。)


* 妹が名に 懸けたる櫻 花咲かば 常にや恋ひむ いや毎年に
(あの娘の櫻児という名にゆかりの花が咲いたのなら、これからは毎年
のように恋に慕うことになるであろうか。)
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桜に心を移したという事では、西行法師が有名だ。


花に染む心のいかで残りけん 

          捨てはててきと思ふわが身に



出家したばかりで、桜への思いを和歌に詠んでいる。西行の
桜への熱い思いが凝縮された歌として特に有名なのが…。



願わくば花の下にて春死なむ 

         そのきさらぎの望月のころ





川沿いには桜並木が多く、桜は根が深く沢山の保水力を備えている
為か、川が氾濫し多くの死者が出た後に日本人は多くの桜の木を植
えている。つまり、死者への鎮魂の意味をも備えていたのだろう。

いにしえからの人々の魂を吸い込んでいるからこそ、今でも桜は、そ
の妖しくも美しい花を咲かせ、人々の心を魅了しているかもしれない。
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by stavgozint | 2008-03-25 19:44 | 古典の世界
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