国府の典薬のおもだたしきをまで迎へ給へども、其のしるしもなく、終に
むなしくなりぬ。ふところの壁をうばはれ、挿頭の花を嵐にさそわれしお もひ、泣くに涙なく、叫ぶに声なく、あまりに、歎かせたまふままに、火 に焼き、土に葬る事をもせで、瞼に瞼をもたせ、手に手をとりくみて、日 を経給ふが、終に心神みだれ、生きてありし日に違はず戯れつつも、其の 肉の腐り爛るるを吝みて、肉を吸ひ骨を嘗めて、はた喫ひつくしぬ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー >ふところの壁をうばはれ ここは懐の玉壁と訳すとわかり易いのかもしれない。璧とは宝珠の事で あり、宝珠は古来、中国人が愛好し珍重してきた宝石で、我が身に納め る大事なものとしての壁だと。 また周の時代の詩歌を集め、戦国時代に編集された『詩経』に登場する 有名な話に「他山の石」というのがあり「他山の石を以って玉を攻むべ し。」とあるのは、取るに足らない他山の石であっても、我が玉(玉壁) を磨く石にもなるという意で、人というものは常に懐(心)に大事なも のを潜ませているものだというもので、その懐の壁を奪われた阿闍梨は、 その嘆きが極限に達しているのがわかる。 >挿頭の花を嵐にさそわれしおもひ、 更に日本の古来、花見の席に於いて、女性が男の前で挿頭として桜の 花を飾るという事は、男女の交わりの合意を現すものだった。花とは大 抵の場合”桜”を現し、その挿頭の花とは男女の仲の比喩的表現でもあ るので、ここで阿闍梨の歎きは、やはり性的な相手を失った悲しみを表す ものとして強調する文章だったのだろう。
by stavgozint
| 2008-06-17 15:20
| 「青頭巾」
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