「青頭巾」終焉(其の六)

故の密宗をあらためて、曹洞の霊場をひらき給ふ。今なほ御寺は
たふとく栄えてありけるとなり。
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阿闍梨のいた寺は真言密教、いわゆる東密と呼ばれた密教寺だった。
それがこの「青頭巾」では、曹洞宗に改宗となった話にもなってい
る。

江戸時代(元和元年 1615年)幕府に保護され永平寺が総本山
となってから、曹洞宗がかなり普及した。白山信仰の元となってい
る白山を永平寺が鎮守神と守護神を、白山権現に定めたのも普及に
拍車をかけたのかもしれない。白山信仰の盛んな東北においては、
それを崇める曹洞宗は、親しみやすく感じたのかもしれない。その
為、東北には現在、沢山の曹洞宗が存在する。

ところで真言密教といえば空海。空海といえば即身仏が有名で、阿
闍梨の最後の姿は、即身仏を思い起こさせるものであると思う。

快庵禅師の「江月照松風吹 永夜清宵何所為」という問いに対し、
阿闍梨は肉体が滅んでも尚、魂が「江月照松風吹 永夜清宵何所為」
という言葉を唱えていたのは、即身仏になったという証なのだと思
う。それを成仏させたのは、紛れも無い曹洞宗である快庵禅師の力。
つまりこの「青頭巾」の話は、衰退し始めた真言宗に更に追い討ち
をかけた話と考えるのは極端だろうか?

密教系…つまり天台宗でも真言宗でも、裏では酒を飲み、女を侍ら
せていたという。だから、織田信長が天台宗である延暦寺を焼き払
い、豊臣秀吉までもが真言宗の総本山を焼き討ちしたのは、堕落に
あった。

「青頭巾」の阿闍梨もまた真言密教の坊主でありながら、美少年に
愛欲という煩悩を持ち込んで鬼になったというのは、密教系の堕落
を現す為の手段として上田秋成が、この物語に持ち込んだものと思
われる。
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by stavgozint | 2008-10-19 17:07 | 「青頭巾」
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