カテゴリ:「白峰」( 18 )

「白峰」総括

「白峰」は、出だしの紀行文の美しい色とりどりの情景が浮
かび上がる表現が際立っており、それに対比するかのように、
山の深い闇と、崇徳上皇の怨念という暗く深い闇を覆わせて
いると思う。

そして西行の歌と共に、白々と夜が明けて闇の黒色を吹き払
うという、陰影に際立った構成となっている。

文章には、いろいろなものを含んでいるのだが、それよりも
まして、鮮やかな色が際立つ文章なのだと思う。

白色は神の色、もしくは浄化の色を示すという。寒い冬が訪
れ、大地を白い雪が覆い隠して浄化し、その浄化された大地
に再び、新たな生命が生まれるのだという、日本古来からの
思想があった。その思想に合わせる為、敢えて「白峰」とい
う題名に決めたのではないだろうか?

また黒不浄という言葉は、死を現す。まあ大抵の死霊は、夜
の闇と共に訪れるのだが、主人公である神霊の崇徳上皇を現
す場合、白と黒の対比は必然だったのだろう。死霊としての
黒色に、自らは人間だと我に返り、夜が空ける様の対比。

そして崇徳上皇の怨念という情熱を現したのが、崇徳上皇の
周りを囲んだ陰火だ。赤色は血を現し、そしてその者の情熱
を現すのだという。

話は脱線するが、ボクシングなどでの青コーナーは王者の色
で知性を現し、挑戦者はその情熱を現す為に赤コーナーなの
だという。

秋成の色鮮やかな文章の技法に、当時の人々は何を思い、何
を感じたのだろうか?
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by stavgozint | 2008-04-16 16:40 | 「白峰」

「白峰」終焉2

其の後十三年を経て、治承三年の秋、平の重盛病に係りて世を
逝りぬれば、平相国入道、君をうらみて鳥羽の離宮に籠めたて
まつり、かさねて福原の茅の宮に困めたてまつる。…。

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最後の文章の流れは歴史の口上となり、いかに崇徳上皇の怨霊
が恐ろしいものなのか伝え、その崇徳上皇を祀る御神として扱
い終わっている。

実際、崇徳上皇の怨霊は明治の世にも伝わり、明治天皇は孝明
天皇の意思を汲み入れ、1868年に京都の飛鳥井町に「白峰
宮」を建立し祀っている。またその同じ年に、勅使が讃岐へと
向かい、崇徳上皇の御神霊の前で宣命を読んでおり、歴代天皇
を震え上がらした天皇として近代まで伝わったというのは、そ
れだけ崇徳上皇が悲劇的だったのだろう。

元々天皇は祟る神として知られ、武家社会となっても、その祟
りを恐れるあまり、余分な存在と感じつつも、天皇を殺すまで
は至らなかった歴史がある。
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by stavgozint | 2008-04-16 16:11 | 「白峰」

「白峰」終焉

十日あまりの月は峯にかくれて、木のくれやみのあやなきに、
夢路にやすらふが如し。ほどなく、いなのめの明けゆく空に、
朝鳥の声おもしろく鳴きわたれば、かさねて金剛経一巻を供養
したてまつり…。

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深い山の闇が消え去り、明るくなっていく様をえがいている。
まるで今までの情景が悪夢だったかのように。

「いななめ」とは「寝の目」と表し、やはり夢の如くという
という風に取れるのだろう。

またよくある昔話に、鳥の泣き声(大抵はニワトリ)に驚き
鬼という魔が逃げるという話がある。ここでも、基本?を押
さえ、鳥の鳴き声が朝の爽やかさを表し、今までの闇との
対比を果たしている。

ところで崇徳上皇が書き綴った経は確かに京へと一度は送ら
れたのだが、実は華厳経の巻の一だけが、何故か塩飽水軍に
伝わっている。これはもしかして、崇徳上皇は京に送りつけ
た経が処分されるのを想定して、塩飽水軍に伝えたのかもし
れない。そしてももしもだが、崇徳上皇の死後、もしくは経
が処分された後に、水軍が蜂起する算段を施していたのだろ
うか?

この「白峰」での文では「金剛経一巻を供養したてまつり…。」
とあるが、この金剛経は全ての煩悩を断って、無我の理を説
いたものだという。

崇徳上皇に残った一巻のお経を、後世に残す為の呪いの欠片
と捉えるか、または崇徳上皇を成仏させる為のお経と捉える
かだが…秋成は後者を選び、西行に対して、魔道に堕ちた崇
徳上皇と共に、このお経を供養して、白峰を下っている。
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by stavgozint | 2008-04-16 14:53 | 「白峰」

「白峰」展開部4

魔道の浅ましきありさまを見て涙しのぶに堪へず、復び一首の
歌に随縁のこころをすすめたてまつる。


よしや君 昔の玉の床とても

      かからんのちは何にかはせん

(たとえ昔は立派な玉座に居られたにしても、君よ、このような
無常な死にお会いになってしまわれた現在は、いったい、それが
何になりましょうか。)

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西行の心からの歌に我に返ったのか崇徳上皇は「御面(みおもて)」
も和らぎ…とある。この文の以前、魔道に堕ちた崇徳上皇の顔を
評して「龍顔(みおもて)」と表現していた。

つまりここでは、高みである上皇という位置にいた崇徳であり、
魔道という闇の奥深くに堕ちた崇徳上皇の顔を「龍顔」と表し、
西行の歌によって我に返り、人間・崇徳に戻った顔を「御面」と
表現したのではないだろうか?
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by stavgozint | 2008-04-15 21:20 | 「白峰」

「白峰」展開部3

沙石を空に巻上ぐる。見る見る、一段の陰火、君が膝の下より
燃上がりて、山も谷も昼のごとくあきらかなり。光の中につら
つら御気色を見たてまつるに、朱をそそぎたる龍顔に、荊の髪
膝にかかるまで乱れ、白眼を吊りあげ、熱き嘘をくるしげにつ
がせ給ふ。

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この深い闇の黒の情景に、鮮やかな炎という赤が浮かびあがる。
深い怨念の闇という黒色に浮かび上がる、復習という情熱の赤色
を示す崇徳上皇の情景だ。

こうして見ると、穏やかで美しい情景の色彩描写をして白峰へと
辿り着いた西行を待っていたのは、月の明かりも届かない常なら
ぬ山の深さと、崇徳上皇の心の闇の黒色に加え、激しい怨念の赤
色という色彩だった。

これが最後に西行の一言で我にかえる崇徳上皇に、白々明ける夜
明けという白色に白峰の白がかぶるのかもしれない。

これを舞台で上演すれば、見事な色彩の舞台になると思われる…。
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by stavgozint | 2008-04-15 21:17 | 「白峰」

「白峰」展開部2

西行いふ、「君かくまで魔界の悪業につながれて、仏土に奥万里を
隔て給へば、ふたたびいはじ」とて、黙してむかひ居たりける。

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仏土を光とすれば、魔界は闇である。崇徳上皇の登場する時の情景に…。

「日は没りしほどに、山深き夜のさま常ならね…月は出でしかど、茂
きが林はは影をもらさねば、あやなき闇にうらぶれて…。」
とある。

この後半の西行の言葉が、崇徳上皇の登場する情景に見事に重なった。

「山深き夜のさま常ならね」という語と「茂きが林は影をもらさねば」
という語は、仏土に億万里届かぬ崇徳上皇の深い闇を現している。

月は出ていても、影をもらさぬという、つまり崇徳上皇を覆う茂みで
あり、闇の深さという事だろう。
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by stavgozint | 2008-04-15 21:14 | 「白峰」

「白峰」展開部

『若し咒詛の心にや』と奏しけるより、そがままにかへされしぞうらみ
なれ。いにしへより倭漢土ともに、国をあらそひて兄弟敵となりし例は
珍しからねど、罪深き事かなと思ふより、悪心懺悔の為とて写しぬる
御経なるを、いかにささふる者ありとも、親しきを議るべき令にもたがひ
て、筆の跡だも納れ給はぬ叡慮こそ、今は旧しき讐なるかな。所詮此
の経を魔道に回向して、恨をはるかさんと、一すぢにおもひ定めて、指
を破り血をもて願文をうつし、経とともに志戸の海に沈めてし後は、人に
も見えず深く閉ぢこもりて、ひとへに魔王となるべき大願をちかひしが、
はた平治の乱ぞ出できぬる。

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延々と崇徳上皇の恨み節が連なる箇所だが、ここで魔道と魔王という
言葉が出てくる。江戸時代の”魔”といえば、多くは天狗を現したそうだ
が、他の書物で”魔王”という語が登場するのは「稲生物の怪録」という
怪談話だ。

田中貢太郎の「日本怪談全集」では「稲生物の怪録」ではなく「魔王物語」
と紹介している。

「今こそ我が名を名乗らんが、我は狐狸などの類にあらず、日本国中に
在る高山を往来する山本五郎左衛門と云う魔王なるぞよ…。」と、やはり
天狗に近いものを魔王と称している。

魔とは、人に害悪をもたらす神であり、その不気味な力の働いている事
であるという、当時の概念から人間世界を超越した力は魔であったので、
その力を齎す高山に関わった修験者などが、天狗という存在となり魔とな
ったのだろう。

「今昔物語」の巻二十の七にやはり、ある屋敷の妻が物の怪に取り憑か
れ、それを祓う為に葛城山で修行し法力を得た聖人が、その妻の魅力に
取り憑かれて魔道に堕ち天狗となってしまうエロチックな話がある。

他にも震旦の部の巻十の「聖人、后を犯して国王の咎を蒙り、天狗となる
語」という話も殆ど似ている。

つまり聖人であればあるほど、色欲や怨みによって人の道を外れた場合
に天狗となっている。つまり逆の取り方をすれば、それだけ純粋であり、
正しい道を歩んでいた人物が陥りやすい落とし穴に落ちて魔道へ向かっ
てしまった崇徳上皇は、やはり無実だったという事だろう…。
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by stavgozint | 2008-04-14 18:19 | 「白峰」

「白峰」序文その9

>只、天とぶ雁の小夜の枕におとづれるを聞けば、都にや行くらんと
>なつかしく、暁の千鳥の洲崎にさわぐも、心をくだく種となる。烏
>の頭は白くなるとも、都には還るべき期もあらねば、定めて海畔の
>鬼とならんずらん…。



鳥は昔、魂を運ぶものとして考えられていた。これには古来からゾロ
アスター教が日本に伝わった為だという説もある。そのゾロアスター
教には鳥葬という儀式もあり、やはり死者の魂を運ぶ為の意識があっ
たようだ。ここで鳥がしきりに使われているのも、崇徳上皇の魂の漂
いを意識してのものだったのかもしれない。

ただ、この文は「保元物語」に似たようなものが記されている。


「夜の雁の遥かに海を過ぐるも、故郷に言伝せま欲しく、

 暁の千鳥の洲崎にさわぐも御心を砕く種となる。」(保元物語 巻三)



実は上田秋成の文には、過去の作品の引用がかなりある。ただし盗作
というものではなく、文章を書き記している時に思い浮かんで引用し
ているのかもしれない。それを意図的と考えると…読者に対し、どこ
までわかるか?というあくまでも謎解きとしてのものなのか…。

過去に、ある映画があった。完全パロディ映画で、日本で上映されて
いる時のキャッチフレーズは「あなたは、どこまでわかる?」だった。

この映画は、過去の名作のパロディを随所に散りばめて、観客の映画
の知識を試すものだった…。

もしかして上田秋成作品も、読者に対して「あなたは、どこまでわか
る?」と、遊び心を発揮して、意図的に挿入されたのかも。。。


ところで崇徳上皇の歌に「浜千鳥跡…。」という歌が詠まれている。
浜千鳥跡とは、文字または文章の事で、ここでは崇徳上皇の書き記し
た大乗経全百九十巻の事をいう。

浜千鳥跡の本来は、古代中国の黄帝の時の故事で、ある人物が鳥の足
跡から文字を創作した事によるらしい。
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by stavgozint | 2008-04-04 16:40 | 「白峰」

「白峰」序文その8

この後、西行と崇徳上皇の問答となるのだが「事を正して罪をとふ。
ことわりなきにあらず。」と、西行の言い分を認め怒りが収まった
崇徳上皇の言葉がもれる。そして…。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

只、天とぶ雁の小夜の枕におとづれるを聞けば、都にや行くらんと
なつかしく、暁の千鳥の洲崎にさわぐも、心をくだく種となる。烏
の頭は白くなるとも、都には還るべき期もあらねば、定めて海畔の
鬼とならんずらん…。



浜千鳥跡はみやこにかよへども

            身は松山に音をのみぞ鳴く

(わたしが書いた文字は都へ行くけれども、我が身はこの松山で

         千鳥の泣くように、むせび泣くばかりであるよ。)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【崇徳上皇怨霊伝説】


崇徳上皇は、後生菩提の為、指の先から血を流しつつ3年をかけて
五部の大乗経全百九十巻を写経したと云う。

しかし崇徳上皇は、この大乗経を京へ送ろうとするが、不浄のもの
として、送り返される。


「後生の為とて書き奉る大乗経の敷地をだに許されねば

       今生の怨のみにあらず。後生までも敵ござんなれ。」



そのまま舌を噛み切り、その血をもって経文に誓約文を書き記した。



「この百九十巻の写経の功力を行業をそのまま三悪道に投げ込み、

           其の力をもって日本国の大魔縁とならむ。」



崇徳上皇は、瀬戸内海において写経沈めを行ったと云う。その時、
経を納めた箱が解けて中から煙が立ち、童子が海に舞うなど奇怪な
現象が現れたという伝説が残っている。
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by stavgozint | 2008-04-03 19:02 | 「白峰」

「白峰」序文その8

この後、西行と崇徳上皇の問答となるのだが「事を正して罪をとふ。
ことわりなきにあらず。」と、西行の言い分を認め怒りが収まった
崇徳上皇の言葉がもれる。そして…。

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只、天とぶ雁の小夜の枕におとづれるを聞けば、都にや行くらんと
なつかしく、暁の千鳥の洲崎にさわぐも、心をくだく種となる。烏
の頭は白くなるとも、都には還るべき期もあらねば、定めて海畔の
鬼とならんずらん…。



浜千鳥跡はみやこにかよへども

            身は松山に音をのみぞ鳴く

(わたしが書いた文字は都へ行くけれども、我が身はこの松山で

         千鳥の泣くように、むせび泣くばかりであるよ。)



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【崇徳上皇怨霊伝説】


崇徳上皇は、後生菩提の為、指の先から血を流しつつ3年をかけて
五部の大乗経全百九十巻を写経したと云う。

しかし崇徳上皇は、この大乗経を京へ送ろうとするが、不浄のもの
として、送り返される。


「後生の為とて書き奉る大乗経の敷地をだに許されねば

       今生の怨のみにあらず。後生までも敵ござんなれ。」



そのまま舌を噛み切り、その血をもって経文に誓約文を書き記した。



「この百九十巻の写経の功力を行業をそのまま三悪道に投げ込み、

           其の力をもって日本国の大魔縁とならむ。」



崇徳上皇は、瀬戸内海において写経沈めを行ったと云う。その時、
経を納めた箱が解けて中から煙が立ち、童子が海に舞うなど奇怪な
現象が現れたという伝説が残っている。
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by stavgozint | 2008-04-03 19:02 | 「白峰」