<   2008年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

「白峰」序文その1

「この里ちかき白峰といふ所にこそ、新院の陵ありと聞きて、
拝みたてまつらばやと、十月はじめつかた、かの山に登る。」



しかし…↑10月に白峰に登り、夜を明かすって…寒かっただろうなぁ
と、思うなぁ…。実際、自分も10月に山に登って一夜を過ごしたが…
寒かった(^^;…あっ、これは旧暦か?




史実として1168年保元の乱で讃岐に配流され、4年前に無念を叫び
ながら死に、朝廷にとって菅原道真と並ぶ大怨霊となった崇徳上皇は、
西行がフラレた妃の子という因縁もあってか、鎮魂と空海の聖地探訪の
為に四国を巡礼をしている。

崇徳上皇へ対する同情は中世から江戸の世まで庶民の中に巣食って
いたようで、秋成の「白峰」は、庶民気質に則した物語であったのだろう。
[PR]
by stavgozint | 2008-02-07 20:01 | 「白峰」

「白峰」序文

c0105899_9492553.jpg
c0105899_9493456.jpg

あふ坂の関守にゆるされてより、秋こし山の黄葉見過しがたく、浜千鳥
の跡ふみつくる鳴海がた、不尽の高嶺の煙、浮島がはら、清美が関、
大磯・小いその浦々、むらさき艶ふ武蔵野の原、塩竈の和たる朝げし
き、象潟の蜑や苫や、佐野の船梁、木曾の桟橋、心のとどまらぬかた
ぞなきに、猶、西の国の歌枕見まほしとて、仁安三年の秋は、葭がちる
難波を経て、須磨・明石の浦ふく風を身にしめつも、行く行く讃岐の真尾
坂の林といふにしばらく杖を植む。

草枕はるけき旅路の労にもあらで、観念修行の便せし庵なりけり。


西行の、旅の歩みを簡潔に美しく表現する秋成の文章。川端康成が評価
されたのもまた、この余分な贅肉を排除したかのような簡潔な美しい文章
でもあった。「白峰」においても、秋成はそれをさりげなく表現している。
[PR]
by stavgozint | 2008-02-07 09:53 | 「白峰」