「又胆を飛ばし、眼を閉ぢて伏向に臥す。和めつ驚しつ、かは
るがわる物うちいへど、只死に入りたるようにて夜明けぬ。 」 これ↑は、豊雄の驚きを表す表現なのだけど、まさに蛇に 睨まれた蛙になったかの表現で、合間に「和めつ驚かしつ」 (なだめたり驚かしたり)と、映像にしたら多分笑うシーン のような気がする(笑)(^^; ところで、たまたま登場した法師は、霊験あらたかな僧とい う評判の者。ところがこの時代、胡散臭い法力者も多かった らしく、今も昔も?法外な値段にてお祓いをする者を皮肉る 形で登場させたのだと思う。 「老いたるも童も必ずそこにおはせ。此の虵只今捉りて見せ 奉らん」 法師は自信満々に真女児の居る部屋に入るのだが、その 瞬間に、法師を威嚇する。 正体を現した蛇の頭は「戸口に充ち満ちて大きい。」そして、 白蛇であるから、その色合いは「雪を積みたるよりも白く輝々 しく」眼の輝きは「鏡の如く」角は「枯木の如」そして「三 尺余りの口を開き」「紅の舌を吐いて」、只一呑に飲むらん 勢をなす…とある。 魔物の眼の輝きを現す場合は大抵、鏡のようにという表現が 一般的だ。ましてや鏡は、元々蛇の古語「カガ」から変化し て、「カガの目」が、後に語音変化して「カガミ」となり、 今では金偏となって、蛇の姿をみる事が出来ない。正月の 鏡餅は元々蛇のとぐろを巻く姿を現しているので、鏡はその まま蛇を現す。 また角は枯木の如くは、そのまま齢を重ねた蛇を現す表現だ ろう。ただ角があるから、龍と同じだと思えばいいと思う。 そして三尺(約3㍍)余りの口をという表現は、それだけ大き いという表現に加えて、三という聖数を表し、神秘性を醸し 出す為なのでは?と思う。三は…例えば、蛇体になった甲賀 三郎や伊吹童子も、元は伊吹の弥三郎と言われた。また、 新潟などに伝わるヤサブロウバサも三を有する。また風の又 三郎も三があり、神秘的な力を持つものは三という数字を有 しているものと考えてもよいと思う。
by stavgozint
| 2007-05-21 22:07
| 「蛇性の淫」
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